大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成4年(行ケ)111号 判決

東京都大田区中馬込1丁目3番6号

原告

株式会社リコー

同代表者代表取締役

浜田広

同訴訟代理人弁理士

武顕次郎

小林一夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

稲積義登

山口隆生

奥村寿一

関口博

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和62年審判第7597号事件について平成4年3月26日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「フアクシミリの通信管理情報の処理方式」(後に、「フアクシミリ装置」と訂正、以下「本願発明」という。)とする発明について、昭和55年9月22日、特許出願したところ、昭和62年2月17日、拒絶査定を受けたので、同年5月6日審判の請求をした。特許庁は、この請求を昭和62年審判第7597号事件として審理し、平成3年2月15日、出願公告(同年特許出願公告第11144号)したが、特許異議の申立てがされ、平成4年3月26日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を平成4年5月11日、原告に送達した。

2  本願発明の要旨

「画情報を送受信する通信手段と、該送受信の終了を検知する通信終了検知手段と、上記通信手段を介して受信した画情報を印字出力する記録手段と、上記送受信時に発生する通信管理情報を記憶する記憶手段と、該記憶手段に対する通信管理情報の読み書きを制御する記憶制御手段と、上記通信終了検知手段が送受信の終了を検知した時、上記記憶手段に記憶されている通信管理情報の情報量を検知する検知手段とを有し、

上記検知手段が通信管理情報の情報量が所定値以上であることを検知した時、上記記憶制御手段により、上記記憶手段の記憶内容を記憶した順番に読み出し、読み出し順に上記記録手段にて通信管理情報を印字することを特徴とするフアクシミリ装置。」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  昭和55年特許出願公開第34570号公報(以下、「引用例1」といい、引用例1に記載の発明を「引用発明1」という。別紙図面2参照)には、ジャーナルデータをコード化して記憶する記憶装置を備え、必要なとき、その記憶装置からコード化データを順次取り出し、ジャーナルデータを画素データに変換してファクシミリ装置の記録装置から記録紙上に書き出すようにしたファクシミリ装置が記載されている(2頁右上欄17行~左下欄5行及び4頁右下欄14行~5頁左上欄5行参照)。

昭和52年特許出願公開第42306号公報(以下、「引用例2」といい、引用例2に記載の発明を「引用発明2」という。別紙図面3参照)には、電話交換接続時に発生する課金情報を逐次磁気テープに記録する方式において、課金情報を一次的にバッファメモリに蓄積しておきバッファメモリの内容が一定量に達したとき、磁気テープに出力することが一般的であることが記載されている(1頁左下欄末行~右下欄4行)。

つまり、上記の記載には、メモリに蓄積された課金情報が所定量に達したとき、その情報を別の記憶(記録)手段に転送して情報の損失を防止する技術思想が開示されていることを意味する。

(3)  本願発明と引用発明1を対比すると、引用発明1における「ジャーナルデータ」が本願発明における「通信管理情報」に相当することは明らかであり、ファクシミリ装置が「画情報を送受信する通信手段と、該送受信の終了を検知する通信終了検知手段」を備えていることは当然であり、また、記憶手段の記憶内容を記憶した順番に読み出し、読み出し順に記録することは慣用の技術手段であるから、両者は結局、

「画情報を送受信する通信手段と、該送受信の終了を検知する通信終了検知手段と、上記通信手段を介して受信した画情報を印字出力する記録手段と、上記送受信時に発生する通信管理情報を記憶する記憶手段と、該記憶手段に対する通信管理情報の読み書きを制御する記憶制御手段とを有し、上記記憶制御手段により、上記記憶手段の記憶内容を記憶した順番に読み出し、読み出し順に上記記録手段にて通信管理情報を印字するファクシミリ装置」である点において一致する。

これに対し、本願発明は、「通信終了検知手段が送受信の終了を検知したとき、上記記憶手段に記憶されている通信管理情報の情報量を検知する検知手段」を備え、その検知手段が通信管理情報の情報量が所定値以上であることを検知したときに、記憶手段の記憶内容を記憶した順番に読み出して、通信管理情報を印字するのに対し、引用発明1は、「通信管理情報の情報量を検知する検知手段」ついて記載がなく、記憶手段の内容を読み出して通信管理情報を印字するのは「必要なとき」である点において相違する。

(4)  相違点についてみると、引用発明2には、通信管理情報の情報量を検知する検知手段が記載されており、同引用例記載の「課金情報」は「通信管理情報」に他ならず、しかも、「課金情報」は通話(すなわち送受信)が終了したときに得られるものであるから、引用発明1に引用例2に記載の技術思想を適用して、「通信終了検知手段が送受信の終了を検知したとき、上記記憶手段に記憶されている通信管理情報の情報量を検知する検知手段を備え、その検知手段が通信管理情報の情報量が所定値以上であることを検知したときに、記憶手段の記憶内容を記憶した順番に読み出して、別の記憶(記録)手段に転送する」ことは当業者が容易に想到し得るところである。

また、通信管理情報をファクシミリ装置の記録装置で印字することは、引用例1に記載されており、「別の記憶(記録)手段」としてファクシミリ装置の記録装置を用いることによって、自動的に所定量ずつの通信管理情報が印字されるという効果があるとしても、通信管理情報の性質からみて、その効果は格別のものとはいえないから、「別の記憶(記録)手段」としてファクシミリ装置の記録装置を用いることも当業者が容易に想到できたものと認められる。

(5)  したがって、本願発明は、引用例1、2に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることはできない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点1、2は認める。同3のうち、(1)は認める。(2)のうち、第3段(「つまり、…を意味する。」)は争うが、その余は認める。(3)は認める。(4)、(5)は争う。審決は、引用例2の技術内容の把握を誤り、相違点の判断を誤るとともに、本願発明の顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(1)  相違点の判断の誤り(取消事由1)

審決は、引用例2に記載の技術的事項を引用発明1に適用すれば、当業者が相違点に係る構成を想到することは容易であるとするが、以下に述べるとおり、技術分野、情報を出力するための技術的手段及び情報の実質的な内容性格において異なる引用発明1と同2を組み合わせることはできないから、上記判断は誤っている。

〈1〉 まず、ファクシミリ装置に関する引用発明1と電話交換機の課金情報記録方式に関する引用発明2とは、僅かに「電話回線を利用している」点で共通しているにすぎず、解決しようとする課題、技術的手段を異にするものであって、両者を共に通信に関する技術であるとの理由で、技術分野が同一であるとすることはできない。

〈2〉 次に、審決は引用例2の技術内容について、「メモリに蓄積された課金情報が所定量に達したとき、その情報を別の記憶(記録)手段に転送して情報の損失を防止する技術思想が開示されている」と認定しているが、誤っている。すなわち、最初に引用発明1についてみると、同発明は、受信した通信管理情報(ジャーナルデータ)を内蔵メモリ(記憶装置)に比較的長期間蓄積させた後、オペレータの指示によりメモリ(記憶装置)から読み出し、外部の記録装置により印字させるというものであって、「受信-長期間の蓄積-印字」という一連の情報の流れを達成させる技術的手段を用いているものである。そして、引用発明1における上記の「印字」の技術的意義は、通信管理情報をメモリに蓄積しただけでは、通信管理情報の内容を直接確認することができないだけでなく、メモリの満杯により過去の通信管理情報が失われるという弊害があるのに対し、印字することによって通信管理情報を可視化させると、その内容の直接確認を可能とすると共に、直接確認可能な状態で通信管理情報を保存することが可能となることを意図したものであって、かかる意図は、前記の一連の情報の流れの「受信-長期間の蓄積-印字」中の印字まで実行させる技術的手段によって始めて達成できるものである。

これに対し、引用発明2は、受信した課金情報を、CPUと磁気テープとの間の課金情報の速度差を吸収するために、バッファメモリに一時的に蓄積させた後、磁気テープに供給して磁気記録させるものであって、「受信-一時的な蓄積(情報の速度差の調整)-磁気記録」という一連の情報の流れを達成させる技術的手段を備えるものである。そして、引用発明2において、磁気テープに課金情報を磁気記録させている理由は、同引用例がこの点を直接明記するものではないが、課金情報の性質からみて、単に課金情報の蓄積を行ったにすぎないものと思料され、その蓄積に基づく機能は、実質的に引用発明1における内蔵メモリへの情報の比較的長期間蓄積に該当するものであるから、引用発明2の上記の一連の技術的手段は、引用発明1の「受信-長期間の蓄積」と等価な技術的手段にほかならないものである。そして、引用例2には、磁気メモリに蓄積された課金情報の利用手段については記載されていないので、同引用例から、課金情報を印字して可視化させ、課金情報を保存可能にすることの示唆を受けることはできない。なお、引用例2には、情報の紛失を最小限にする旨の記載はあるが、これはCPUとバッファメモリの組合せを二重化したために生じたもので、課金情報を磁気メモリに記録させたために生じたものではない。

以上のように、引用発明1の技術的手段と、同2の技術的手段とは、明らかに相違しているもので、それにもかかわらず、「一度メモリに蓄積し、その蓄積された情報をまとめて記録手段に出力させるという技術的手段で共通している」として、それらの技術的手段を同一視した審決の判断が誤っていることは明らかである。

なお、引用例2に開示された技術内容について付言すると、一般に、電話交換網RSWから得られる課金情報の入力速度と磁気テープの情報記録速度では、前者の速度の方がはるかに大きいという関係にあるため、この大きな速度差を吸収する何らかの手段を設ける必要があるが、引用例2においては、既知のバッファメモリを電話交換網と磁気テープとの間に配置し、通常のバッファメモリが有する本来の機能に従って、前記の速度差の吸収を行っているにすぎないのである。確かに、引用例2には、「バッファメモリの内容が一定量に達した時、磁気テープに出力する」と記載されているが、その趣旨は、上記の通常のバッファメモリが本来有する機能を述べているにすぎないものであり、これが審決認定のようなメモリに情報を蓄積し、所定量に達したときに、これを別の記憶手段に輸送し、情報損失を防止するという特別の機能を有することを意味するものではない。したがって、審決の上記認定は誤っている。また、課金情報の情報量を検知する手段についても、引用例2においては、絶え間なく多くの課金情報が入力されているバッファメモリで情報の入出力速度の変換を行うもので、そこにおける情報量の検知は、バッファメモリに蓄積される情報量を直接検知するものではなく、経験的に、バッファメモリに適量の情報が入力される時限を見計らって蓄積された情報を磁気テープに出力しているものにすぎないから、引用例2には、本願発明でいうところの課金情報の情報量を検知する検知手段は存在しないというべきである。

〈3〉 さらに、審決はジャーナルデータと課金情報という明らかに性格の異なる情報を同一視した点においても誤りを犯したものである。すなわち、本願発明や引用例1における通信管理情報とは、通信状態を管理するための情報であって、「通信相手No.(ID)、通信開始時刻、送/受信枚数、送/受信エラー、送/受信スピード、解像度」等を対象とし、これらの各種データが一体となって始めて所要の効果を発揮するものである。そして、これらの通信管理情報を必要とするのは、送信の成否や適否等について不安感や焦燥感を抱いているファクシミリ装置の操作者である。

これに対し、引用例2の課金情報は、電話回線の選択的な接続に基づく「電話回線の使用料金に関する情報」であって、本質的に、使用料金に関する情報以外の情報は必要なものではなく、ましてや、送受信相手、送受信結果等の各種データが一体となって構成される必要性は何らないのである。そして、この課金情報を必要とするのは、交換局の局員と不特定多数の電話回線の利用者である。

このように、通信管理情報と課金情報とは、その情報内容を異にするだけでなく、これら情報が生まれた動機やこれら情報を必要とする対象者も異なっているものであるから、両者は、本質的に異なる性質のものであり、これらを同一視することができないばかりか、課金情報が通信管理情報の一種であるということもできないのである。

したがって、課金情報が通信管理情報に他ならないとした審決の判断は誤っている。

そうすると、審決の引用例2に関する認定は、上記の誤った理解に基づくものであるから、同引用例に基づき相違点に係る本願発明の構成を容易に想到可能とした審決の判断が誤っていることは明らかである。

(2)  顕著な作用効果の看過(取消事由2)

仮に、引用例1に同2を組み合わせることが可能であるとしても、かかる組合せからは、本願発明が奏する以下の効果は得られないから、これを格別のものとすることができないとする審決の判断は誤りである。まず、引用例2には、バッファメモリとして、記憶容量の小さいものが用いられるという記載はないから、本願発明に期待できる「比較的小さい容量の記憶手段を用いることができるにも係わらす、通信管理情報の消失がなく、通信管理情報の入手も容易である」との効果は各引用例の組合せからは期待できないものであり、かつ予測できないものである。なお、「通信管理情報の入手の容易性」という効果は、印字をしたことに基づく効果ではなく、ファクシミリ装置に付属のプリンタにより自動的に印字を行うことができることに基づく効果であるから、引用例1からはかかる効果は全く期待できないものである。さらに、「通信管理情報は時間的に前に通信を行ったものから順に印字されるので、通信管理情報の分析及び整理が簡単になる」との情報の利用の容易性についての本願発明の奏する作用効果も前記各引用例においては期待できないものである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

1  取消事由1について

(1)  原告は、引用発明1と同2の技術分野を同一視することはできないと主張する。しかし、両者は共に技術としては、デジタルメモリを用いるようないわゆる情報・エレクトロニクス技術に関するものであるから、この観点からすれば、技術自体は全く同一の技術分野のものである。そして、上記の技術が適用される対象という観点からみても、共に電話回線を用いる分野のものであるから、引用発明2の技術を同1の発明に適用することは何らの困難性もないから、原告の主張は誤っている。

(2)  原告は、引用発明1と同2の技術的手段を同一視した点を誤りであると主張し、まず、引用例2には、情報を可視化する点の記載がないと主張する。しかし、引用例2には、メモリに蓄積された情報を、その量が所定量になった時点で次の記録手段に転送することが記載されているところであり、次の手段がその情報を可視化するかどうかは、この「メモリに蓄積された情報を、その量が所定量になった時点で次の記録手段に転送する」という引用例2の引用趣旨からみれば、関係のないことである。そして、記録手段の一形態である印字手段により情報を可視化することは、引用例1に記載されているところである。

したがって、引用例2に情報を可視化する点が記載されていないということが、引用例2の技術を引用例1の技術に適用する阻害要件にならないことは明白であって、原告の主張は誤りである。また、原告は、情報の紛失を防止するという思想は、引用例2には、メモリを2重化したことよる効果として記載されているだけで、本願発明とは技術的意義が異なるというが、引用発明2は、課金情報を一度メモリに蓄積し、これを磁気テープに転送するものであって、このとき、メモリから磁気テープへの転送を引用発明1のようにオペレータの指示で行うようなものであれば、情報の紛失というおそれもあろうが、引用発明2は、メモリの内容が所定量になったら、磁気テープへの転送を行うものであるから、情報を磁気テープに記憶するに際して、本願発明と同様の意味において情報の紛失のおそれがないものである。したがって、引用例2に明記されていないとしても、その構成をみれば、同引用例に、情報の転送に際して情報の紛失を防止するという技術が開示されていることは自明であり、審決の判断に誤りはない。

なお、原告は、審決が引用例2に「メモリに蓄積された課金情報が所定量に達したとき、その情報を別の記憶(記録)手段に転送して情報の損失を防止する技術思想が開示されている」とした点を非難するが失当である。なぜなら、引用例2には、審決指摘のとおり「課金情報を…バッファメモリの内容が一定量に達した時、磁気テープに出力する」(1頁左下欄末行ないし右下欄4行)と記載されており、この記載からすると、CPUから速度aで課金情報を受け取り、次いで速度bで磁気テープに課金情報を送出するだけの通常のバッファメモリと異なることは明らかであるから、審決の前記認定に誤りはない。

また、引用例2には、審決が指摘するように「バッファメモリの内容が一定量に達した時、磁気テープに出力する」と記載されているほか、「レディー側BMが満杯になると、レディー側CPUはMTへ、BMの内容を出力し」(2頁右上欄17行ないし18行)と記載されており、この記載はバッファメモリに蓄積された情報量が満杯になったこと、すなわち、情報量を検知することによりその内容を磁気テープに出力するものであることを物語っている。

(3)  原告は、課金情報が通信管理情報に他ならないとする審決の認定を非難するが、失当である。すなわち、引用発明1も同2も、メモリに蓄積された情報は、共に、1回の通信において得られる情報1セットを基本的な単位として、これらを2進数すなわち0、1の並びとしてデジタルメモリに記憶しているものであって、その情報自体の意味内容が課金情報であるか本願発明でいう通信管理情報であるかによる技術的な差異はないものである。

その上、情報の意味内容自体にしても、課金情報は、電話交換時毎に逐次記録されるものであって、通常、その内容は、発信者、受信者、通信開始時刻、通話終了時刻、通話時間を含むものであるから、かかる情報が通信管理情報としての性格を有していることは明らかである。そうすると、引用発明1も同2も共に同様の性格を有する情報を対象とする技術であるから、後者の技術を前者の技術に適用することに何らの困難性もないことは明らかである。

2  取消事由2について

原告は、本願発明の奏する「比較的小さい容量の記憶手段を用いることができるにもかかわらず、通信管理情報の消失がなく、通信管理情報の入手も容易である」との作用効果は引用発明1及び同2の組合せからは得ることができないと主張する。しかし、引用発明2は、「メモリに蓄積された課金情報が所定量に達したとき、その情報を別の記録(記憶)手段に転送」するものであるから、メモリの容量の大小にかかわらず、課金情報の消失を防止できるものであり、例え比較的小さい容量の記憶手段を用いても、課金情報の消失がないという効果を有することは明白であって、これを引用発明1に適用した場合、本願発明の前記効果を奏することは当然である。また、引用発明1は、ファクシミリに付属している記録手段にて記憶手段に記憶された通信管理情報を印字するものであるから、この引用発明1の記憶手段からの記憶内容の読出しについて、引用例2に記載のメモリに蓄積された情報が所定量に達したとき、その情報を別の記憶(記録)手段に転送するという技術思想を適用すれば、引用発明1の付属のプリンタにより自動的に印字を行うことができることとなることは明白であって、原告主張の前記「通信管理情報の入手が容易である」という効果も引用発明1に引用例2に記載の技術思想を適用すれば得られることとなる。

次に、印字情報の分析、整理が簡単であるとの効果についても、引用発明1は、審決が一致点として指摘したとおり、記憶手段の記憶内容を記憶した順番に読み出し、読出順に記録手段にて印字するものであるから、ファクシミリ装置で行われた送受信の際の通信管理情報が前記送受信を行った順に得られ、印字された、通信管理情報をそのまま利用できることは明白であって、前記効果は、引用発明1から当然予測されるところである。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3並びに本願発明と引用発明1の間の一致点及び相違点が審決摘示のとおりであることは当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(本願発明の平成3年特許出願公告第11144号公報)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりであると認められる。

本願発明は、ファクシミリ装置の通信管理情報、すなわち、通信相手No.(ID)、通信開始時刻、送受信枚数、送受信エラーの有無、送受信スピード及び解像度等の各種情報の蓄積及び読出、記録に関する技術である(1欄19行ないし23行)。ファクシミリ装置の管理においては、何時いかなる送受信があったかを正確に把握することは極めて重要である。この点に関する従来技術では、通信管理情報を記録するためのプリンタをファクシミリ本体のプリンタと共用して機構の煩雑化を避けたものにおいても、通信管理情報の管理については、必要とするときまで記憶しておき、プリントアウトの指示をまって記録するものが提案されてきた。しかし、この方式では、プリントアウトの指定があるまで記憶し続けるため、膨大な記憶容量を必要とし、かつ、蓄積された通信管理情報が膨大となった場合には、必要とする情報の入手に時間と費用を要すること等の問題点があった(2欄13行ないし3欄6行)。そこで、本願発明は、以上の通信管理情報の管理上の問題点の解決を課題として、比較的小容量の記憶手段を用いて、通信管理情報を消失させることなく、かつ、必要とする通信管理情報の入手が容易なファクシミリを提供するべく、特許請求の範囲記載の構成を採択したものである(3欄7行ないし26行)。本願発明では、通信終了検知手段が送受信の終了を検知し、検知手段が記憶手段に記憶されている通信管理情報の情報量が所定値以上であることを検知すると、記憶制御手段によって、上記記憶手段の記憶内容を記憶した順番に読み出し、さらにこれをファクシミリの記録手段で印字する。この結果、通信終了時に、記憶手段の通信管理情報の情報量が所定値以上の場合には、自動的に、時間的に記憶した順に読み出されて、印字されるので、比較的小容量の記憶手段で、しかも通信管理情報の消失がなく、さらにその入手が容易であり、また、記憶順に読み出して印字出力するため、時間的に前の通信のものから通信管理情報が印字されるので、通信管理情報の分析、整理が容易であるという作用効果を奏するものである(3欄27行ないし4欄7行、11欄1行ないし12欄3行)。

3  取消事由1について

原告は、引用発明1と同2は、技術分野、情報を出力するための技術的手段及び情報の実質的な内容性格において異なるからこれらを組み合わせることはできないと主張するので、まず、引用例2に記載の技術的事項から検討する。

(1)  引用例2に審決摘示の技術的事項の記載があることは当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第4号証(引用例2の出願公開公報)には、「本発明は、電話交換網で発生する課金に関する情報を、制御部及びバッファメモリを二重化することにより両バッファメモリに全く同様の内容を記憶し、常に障害発生時においても情報の紛失を最小限におさえて磁気テープに記録する課金情報記録方式に関するものである。」(1欄下から7行ないし2行)、「電話交換接続時に発生する課金情報を逐次磁気テープに記録する方式があるが、一般的にこれ等は、課金情報を一次的にバッファメモリに蓄積しておきバッファメモリの内容が一定量に達した時、磁気テープに出力する方式である。」(1欄末行ないし2欄4行)、上記「制御部及びバッファメモリの障害に伴い、課金情報の一部又は全部が紛失してしまう」ことを防止するため(2欄5行ないし7行)、「本発明は、二重化されたシステムをチヤネルで相互接続し、一方をReady(レデイー)他方をStandby(スタンバイ)とし、レデイー側が交換機からの入力信号をサンプリング記憶し、直ちにスタンバイ側に転送しレデイー/スタンバイは、全く独立に各仕事を行つているがサンプリング結果だけは、夫々のバッファメモリにほぼ同時に記憶する。この様にしてレデイー側のバッファメモリが満杯になつた時点で、磁気テープへ記録し、そのメモリをクリアする。この場合、直ちにスタンバイ側のメモリクリア情報を転送し、スタンバイ側は、その時のメモリの内容に関係なく内容をクリアし、以後の入力に備える。この様にして夫夫の動作ではなく、バッファメモリの内容のみの同期を合せ、レデイー側事故の場合直ちにスタンバイ側に切替え、以後交換機からの入力信号をサンプリングして現在記憶中のバッファメモリへ追加していくことにより、データ抜けを最小限に押えた二重化システムが得られる。」(2欄末行ないし3欄下から3行)との各記載が認められ、これらの記載によれば、引用発明2は、電話交換網で発生する課金情報を磁気テープに記録する課金情報記録方式に関する発明であり、上記記録方式では、一次的にバッファメモリに課金情報を蓄積し、バッファメモリの課金情報が一定量に達した時、これを磁気テープに出力する方式が一般的に採用されているが、バッファメモリ等の障害による課金情報の一部又は全部の紛失を防止するため、引用発明2においては、別々のバッファメモリを備え、これらをReady(レデイー)側とStandby(スタンバイ)側とし、バッファメモリの内容のみの同期を取りながら、レデイー側のバッファメモリが満杯になつた時点で、磁気テープヘ記録し、そのメモリをクリアするともに、スタンバイ側も直ちに内容をクリアし、以後の入力に備えるとの二重化されたシステムを採用することによって、前記の課金情報の消失の防止を可能としたものであると認められる。

以上の各事実によれば、引用発明2の出願前においては(同発明の出願が昭和50年9月30日であることは前掲甲第4号証から明らかである。)、課金情報記録方式において、一次的にバッファメモリに課金情報を蓄積し、バッファメモリの課金情報が一定量に達した時、これを磁気テープに出力する方式の採用が一般的であるというのであるから、メモリに蓄積された課金情報が所定量に達したとき、その情報を別の記憶(記録)手段に転送して情報の損失を防止するとの、審決認定の技術思想が同引用例に開示されていることは明らかである。

原告は、引用例2のバッファメモリは、通常のバッファメモリであり、課金情報の入力速度と磁気テープの情報記録速度の速度差の吸収を行っているにすぎず、審決認定のような情報損失を防止するための特別の機能を有するものではなく、また、引用例2における課金情報量の検知は、バッファメモリに蓄積される情報量を直接検知するものではなく、経験的に、バッファメモリに適量の情報が入力される時限を見計らって蓄積された情報を磁気テープに出力しているものにすぎないとして、同引用例には、本願発明の通信管理情報に相当する情報の情報量を検知する検知手段は存在しないと主張する。

そこで、上記主張について検討すると、成立に争いのない甲第5号証(昭和53年1月30日株式会社コロナ社発行、コンピュータ用語辞典編集委員会編「コンピュータ用語辞典」(追補版)37頁)の「緩衝記憶装置(buffer memory)」の項には「互いに動作の歩調の異なる二つの装置(たとえば、入出力装置と内部記憶装置)の間にあって、速度、時間などの調整を行なったり、両者を独立に動作させたりするための記憶装置」との記載が認められ、この記載によれば、コンピュータに関する技術分野においては、バッファメモリとは、一般に、原告主張のような前記の速度差の吸収を行う機能を有する記憶装置を意味するものであることは明らかであり、そして、引用発明2の前記バッファメモリにおいても、このような速度差を吸収する機能を有するものと推認できるところである。しかしながら、前記のような一般的な記載は、あくまで、当該技術用語の、一般的ないし典型的な技術的意義を明らかにしたものにすぎないのであるから、その記載内容をもって、直ちに具体的に開示された引用例の当該用語の技術的意義を限定してしまうことは相当ではなく、引用例の当該用語の技術的意義が上記の典型的な意義に止まるのか、それ以外の技術的事項まで包含しているのかについては、まず、当該具体的な記載内容に即して検討すべきであるというべきである。このような観点から引用発明2の前記バッファメモリの技術的意義についてみると、前記認定のように、引用例2には、上記バッファメモリは、発生した課金情報を磁気テープに記録保存するために使用されるものであること、及び、上記バッファメモリに蓄積された課金情報量が一定量に達した時に磁気テープに出力されることが開示されていることからみると、引用発明2の前記バッファメモリの機能には、速度差の吸収という一般にいわれるところの機能の他に、課金情報の損失防止の観点から、所定量に達するまで課金情報を蓄積し、これが所定量に達した場合に磁気テープヘ出力することを可能ならしめるとの技術的意義が包含されていることは明らかであり、また、このような所定量の課金情報量をもって、磁気テープヘの出力の基準としていることからすると、明示的な記載はなくても、当業者であれば、当然、引用発明2には前記バッファメモリに蓄積された課金情報量を検知する手段が具備されているものと理解することが可能というべきである。そして、これらの理解は、前記の一般的ないし典型的なバッファメモリの理解と何ら矛盾するものでないことは、前掲甲第5号証にバッファメモリの機能について何ら限定的に記載されていないことからみても明らかなところである。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

次に原告は、「受信-一時的な蓄積(情報の速度差の調整)-磁気記録」という一連の情報の流れを達成させる技術的手段を備える引用発明2は、「受信-長期間の蓄積-印字」という一連の情報の流れを達成させる技術的手段を用いる引用発明1に比較して、「印字」の構成を欠く点において両者は技術的手段が相違するのに、審決はこの相違を無視していると主張するので、以下、検討する。

まず、審決が引用例2を引用した趣旨からみると、審決は、本願発明と引用発明1を対比し、引用発明1は、本願発明の構成のうち、「通信管理情報の情報量を検知する検知手段」の構成を欠く点、及び、通信管理情報を印字する時期が本願発明では「通信管理情報の情報量が所定値以上であることを検知した時」であるのに、引用発明1では、「必要な時」である点の2点の構成において相違する他は、一致するとしたものであることは、当事者間に争いのない前記審決の理由の要点に照らして明らかであり、原告は、この対比判断のうち、一致点の認定については認めているところである。

そして、引用例2が上記の各相違点に関して引用されたものであることは、審決の上記対比判断に基づく容易推考に関する論理過程並びに引用例2の技術的事項に関する審決の認定及び前記相違点に関する審決の判断からみて明らかなところであり、このことからすると、審決が引用例2を引用した趣旨は、同発明が前記バッファメモリに蓄積した課金情報を検知する手段を具備した構成を有する点、及び、前記バッファメモリに蓄積した課金情報を磁気テープに出力する時期が課金情報が一定量に達した時であるとの構成を有する点であって、磁気テープに出力された課金情報を印字する構成の点については、何ら引用していないし、認定もしていないことは審決の理由の要点に照らして明らかなところである。してみると、原告の上記主張は、その前提を誤るものであって、採用できない。

(2)  次に、原告は、通信相手No.(ID)、通信開始時刻、送/受信枚数、送/受信エラー、送/受信スピード及び解像度等が一体となって始めて所要の効果を発揮し、ファクシミリ装置の操作者が必要とする通信管理情報(ジャーナルデータ)と、電話回線の使用料金に関する情報であり、交換局の局員と不特定多数の電話回線の利用者が必要とする課金情報という明らかに性格の異なる情報を同一視した点において審決は誤りを犯したものであると主張するので、以下、検討する。

通信管理情報が原告主張のような内容のものであり、これらが一体となって所要の効果を発揮するものであること、及び、その利用者が原告主張の者であることは前掲甲第2号証及び成立に争いのない同第3号証によって認めることができる。また、課金情報が原告主張のような内容のものであることは成立に争いのない乙第1、2号証によって認めることができ、その利用者が原告主張の者であることは、上記認定の課金情報の内容自体から容易に推認することができる。そして、以上の事実からすれば、原告主張のとおり、上記の各情報内容を同一視することには疑問がない訳ではない。しかしながら、「『課金情報』は『通信管理情報』に外ならない」とした審決の趣旨は、ファクシミリや課金情報の記録装置に関する当業者が技術的観点から上記の各情報をみた場合のことであることは多言を要しないところであるから、上記のような、直接技術内容を規定するものではない情報内容それ自体やその情報の利用者の観点からみた場合の前記のような相違が、直ちに、技術的観点に基づく相違を意味するものでないことはいうまでもなく、本件全証拠を検討しても、上記の情報内容それ自体あるいはその情報の利用者の相違が、技術的観点においても前記各技術の相違を基礎付けることを認めるに足りる証拠はない(なお、技術的な観点からする引用発明1と同2の技術分野の相違の有無については次項で検討するとおりである。)。したがって、原告の上記主張は、原告指摘の前記の相違が技術的な相違をもたらすことを根拠づけていない点において、失当といわざるを得ず、採用することはできない。

(3)  最後に、原告は、ファクシミリ装置に関する引用発明1と電話交換機の課金情報記録方式に関する引用発明2とは、僅かに「電話回線を利用している」点で共通しているにすぎず、両者を共に通信に関する技術であるとの理由で、技術分野が同一であるとすることはできないと主張するので、以下、検討する。

上記両発明が、共に、電話回線を利用する通信に関する技術分野に属するものであることは、当事者間に争いがない。確かに、原告が指摘するとおり、通信に関する技術分野といっても、その中には様々な技術が存在するであろうことは容易に推認できるところであるが、既に認定したように、両者は、少なくとも電話回線の利用という点において接点を有するばかりか、技術の対象もデジタル情報の処理という点において共通性を有することは、原告において前掲甲第5号証を援用することからも充分に窺われるところである。そして、前記のように、取り扱う情報内容それ自体が技術的な観点からみた場合の技術内容の異質性を根拠付けるものでないことからすると、上記程度の共通性があれば、前記各発明に関与する当業者が互いに各発明の技術をも参照するものと考えることは充分に可能というべきであるから、両発明は同一の技術分野に属するものと認めて差し支えがないというべきである。この点に関する原告主張は抽象的にすぎ、採用することはできない。

(4)  以上説示したように、引用発明1に同2を組み合わせて審決認定の相違点に係る構成を想到することは当業者が容易になし得たことであるから、審決のこの点に対する判断に誤りはなく、取消事由1は採用できない。

4  取消事由2について

原告は、審決は本願発明の顕著な作用効果を看過したと主張するので、以下、検討する。

本願発明が「比較的小さい容量の記憶手段を用いることができるにも係わらず、通信管理情報の消失がなく、通信管理情報の入手も容易である」との効果を奏することは前記2に認定のとおりであるから、最初に、この作用効果について検討する。

まず、「比較的小さい容量の記憶手段を用いることができるにも係わらず、通信管理情報の消失がな(い)」との点であるが、この作用効果は、引用発明2の前記バッファメモリのように、情報量が所定量に達した時、これを磁気テープ、すなわち別の記憶(記録)手段に記録する構成を採用すれば、その容量が小さくても情報の損失を避けることができることは明らかであるから、同発明から容易に予測することが可能というべきである。次に、「通信管理情報の入手も容易である」との点についてみると、引用発明1は、記憶内容を記憶した順番に読み出し、読出順に記録手段で通信管理情報を付属の記録手段で印字するものであることは当事者間に争いがなく(本願発明と引用発明1との一致点であり、原告の認めるところである。)、この引用発明1に前記認定の引用発明2の情報量が所定量に達したとき別の記憶(記録)手段に情報を転送する構成を組み合わせれば、引用発明1の前記印字手段によって転送された情報が順次印字されることとなるから、当然、「通信管理情報の入手は容易」となることは明らかであり、これを各引用発明から予測することができないとすることはできない。さらに、印字情報の分析、整理が簡単であるとの作用効果についても、上記のとおり、引用発明1と同2を組み合わせれば、通信管理情報は送受信の順番で所定の情報量ごとに印字されるとの効果が得られるものであるから、これを予測できない作用効果であるとすることはできないものというべきである。

したがって、取消事由2も採用できない。

5  以上の次第であるから、審決取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

6  よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

別紙図面3

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例